企業と従業員を守る「健康経営®」への展開

※「健康経営®」とは、特定非営利法人健康経営研究会の登録商標です。

          特定社会保険労務士 沼田 博子

健康経営への転換

本章では、快適職場づくりを「コスト」はでなく、「投資」と捉える健康経営への展開についてご紹介いたします。

健康経営とは、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することです。企業が従業員等の健康維持増進に取り組めば、従業員等は心身ともに元気に働けるようになり、創造性が醸成され、生産性が向上します。また、労災事故や不正・不祥事を防ぐリスクマネジメントとしても機能し、結果的に企業のイメージをアップさせ、良質な人材が確保できるようになります。

政府は健康経営を促進するため、経営者等に対するインセンティブを次々と打ち出しています。政府が推し進める「働き方改革」も、企業が健康経営に取り組むことによって実現しやすくなります。「働き方改革」は、長時間労働の是正や多様な人材の活用だけでは実現できません。企業に求められているのは、「働き方改革」と同時に生産性を向上させ、持続的成長へつなげる効果的な対策です。

健康経営では、従業員等の健康増進や職場環境・労務管理改善等への取り組みに関わる支出を、「コスト」ではなく「投資」として捉え、企業の経営課題として、戦略的・積極的に推進していきます。

健康経営が目指しているのは、企業の発展と従業員、経営者の健康の両立です。「働く人の健康が企業を伸ばす」ということを経営者が認識し、従業員と密にコミュニケーションを取り合い、従業員等の健康に配慮した経営を戦略的に創造していくことが重要です。

健康経営を導入することは、決して難しいことではありません。企業の規模にかかわらず、低コストで簡単に効果的に実施できることが数多くあります。導入に際し、何か目新しいことを始める必要は全くありません。これまでの労働諸法令遵守の延長線上で実施できる小さな改善からスタートし、PDCAを回し続けることで大きな成果が見込まれます。

法令遵守だけでも積極的に活用すれば健康経営への取り組みとして大きな効果が上がります。中でも、ストレスチェック制度は、個人と組織の健康度を診断できる有効なツールです。快適な職場づくりに有効な具体的手法をご説明します。

 

 

 

 

 

 

 

 

1 健康経営が注目される3つの背景

(1)深刻な人手不足

健康経営が注目されるようになった第一の背景は、深刻な人手不足です。

2017年4月3日に発表された日銀短観では、人手不足感を示す指数は25年ぶりの高い水準となりました。特に、中小企業の指数は、大企業のほぼ倍のマイナス幅となっています。

中小企業以外でも外食・運送等非製造業の人手不足は深刻です。宅配最大手のヤマト運輸が時間帯指定の配達など一部のサービスを縮小したことや、ファミリーレストラン大手のロイヤルホストが24時間営業を中止、引越しのアートコーポレーションが繁忙期の受注を抑えるなど、多くの業界で事業活動を見直す動きが広がっています。

人手不足は、少子高齢化による労働人口の減少だけが要因ではありません。長時間労働、ハラスメント、育児・介護との両立困難等という離職理由も人手不足の要因になっています。加えて、ITの普及により、過重労働や未払い賃金など法令違反をする企業の情報はSNS等で広まって、人材確保が難しくなってきました。

そこで、健康経営を実施し、職場環境を整えることで、従業員の定着や新たな人材を呼び込む効果が期待されているのです。

 

(2)労働生産性向上への対応

第二の背景として、日本再興戦略で急務とされている労働生産性向上への対応が挙げられます。

日本生産性本部の「労働生産性の国際比較2016年版」によると2015年の日本の労働生産性は、7万4,315ドル(783万円)で、OECD(経済協力開発機構)加盟35カ国中22位にあたります。米国(12万1,187ドル/1,276万円)と比較すると概ね6割の水準にとどまっています。

「働き方改革」で労働時間を短くするだけでは、企業の利益は確保できません。短い時間でこれまで以上の生産性を上げるための施策にも同時進行で取り組まなければ、「働き方改革」は、企業にとっても従業員にとっても魅力のない理想論で終わります。

生産性の低い要因の一つには、「プレゼンティーズム」があげられます。「プレゼンティーズム」とは、「何らかの疾患や症状を抱えながら出勤し、業務遂行能力や生産性が低下している状態」をいいます。慢性疲労症候群、うつ病、腰痛・頭痛、花粉症をはじめとしたアレルギー症等が挙げられます。

従来は、主に「アブセンティーズム」に対する予防と対策が行われてきました。「アブセンティーズム」とは、「欠勤や休職など職場にいられず、就業できない状態」のことです。

「プレゼンティーズム」(疾病就業)は、勤怠上では見えづらいため、「アブセンティーズム」(病気欠勤)よりも対策が遅れる危険性があります。

米国の先行研究によれば、プレゼンティーズムによる労働損失は、直接医療費(保険料及び処方薬費用)の約2.6倍にあたるとされています。また、健康リスク数が増えるほど労働生産性の損失割合が上昇します。上昇はアブセンティーズムに比べて、プレゼンティーズムにおいて顕著であると報告されています。

従業員の高齢化もプレゼンティーズムの原因の一つです。総務省統計局「労働力調査」によれば、50歳から54歳の就業率は、1996年の80.3%から2016年では84.0%と3.7%も上昇しました。さらに55歳から59歳の上昇率は5.9%、60歳から64歳の上昇率は11%と大きく上昇しています。(図表1)

 

出所:総務省統計局「労働力調査」長期時系列データ(基本データ)表3 年齢階級(5歳階級)別就業者数及び就業率より作成

 

 

 

また、厚生労働省の「病気やケガなどで通院している人の割合(通院率)調査」をみれば、通院率は40代で約27%、50代では約42%と上昇しています。(図表2)

高齢化による慢性的な体調不良や病気を抱える従業員の割合が年々高くなり、日本においてもプレゼンティーズムによる生産性の低下は、企業全体として取り組むべき課題になってきています。

出所:厚生労働省「国民生活基礎調査の概要(平成25年)」P.22

 

(3)政府の促進政策と法規制による後押し

第三の背景には、政府の政策による社会的評価の仕組みの整備や、労働諸法令の改正等があります。

2013年6月に閣議決定された「日本再興戦略」で、「国民健康寿命の延伸」が政策の柱に据えられたことで、健康増進に取り組む企業を後押しする仕組みが整備され始めました。

日本政策投資銀行の「DBJ健康経営格付融資」、厚生労働省の「健康寿命をのばそう!アワード」及び「安全衛生優良企業認定制度」、経済産業省と東京証券取引所の共同による「健康経営銘柄」の認定制度、経済産業省の「健康経営優良法人認定制度」等が挙げられます。

中でも企業の規模にかかわらず、関心を集めているのが「健康経営優良法人認定制度」です。「健康経営優良法人認定制度」とは、優良な健康経営を実践している大企業や中小企業等の法人を顕彰する制度です。健康経営に取り組む優良な法人を「見える化」することで、従業員や求職者、関係企業や金融機関などから「従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる法人」として、社会的に評価を受けることができる環境を整備することを目標としています。

さらに、「従業員の健康管理は使用者に課せられる性質のものである」として企業の責任を問う司法判断が相次ぎ、労働諸法令の改正にも影響を与えています。

東証1部上場企業への損害賠償請求事件では、従業員の過労死に対し、会社法第429条第1項を適用し、社長と取締役4名の個人責任を認定しました。「責任感のある誠実な経営者であれば自社の労働者の至高の法益である生命・健康を損なうことがないような体制を構築し、長時間勤務による過重労働を抑制する措置を採る義務があることは自明であり、この点の義務懈怠によって不幸にも労働者が死に至った場合においては悪意又は重過失が認められるのはやむを得ないところである。なお、不法行為責任についても同断である」と判示しています。

「働き方改革」を最大のチャレンジとする政府は、ストレスチェックの実施等、矢継ぎ早に労働諸法令の改正を打ち出しています。今後の改正案では、時間外労働の上限規制、有給休暇年5日の強制取得、中小企業における割増賃金率の適用猶予廃止等が実施される予定です。企業は、積極的に従業員の健康管理に取り組む必要に迫られているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2 健康経営の考え方

(1)健康経営とは

健康経営は、アメリカの臨床心理学者ロバート・ローゼン博士が提唱したヘルシー・カンパニーの概念から始まりました。

ヘルシー・カンパニーとは、企業が社員の健康維持・向上に積極的に取り組めば、仕事の効率化や職場の活性化に結び付くとともに、企業の医療保険費の負担も減って、財務の健全化につながるという考え方です。

ローゼン博士は、組織内の労働者の健康を損ねる危険因子を、次のように指摘しています。(図表3)

(図表3)

○ストレスの多い労働条件

○統制あるいは参画の欠如

○職場における緊張した人間関係

○キャリア開発の道が閉ざされていること

○不明確な業務上の役割

○変化に対して後手にまわる管理

○家族と余暇に時間が割けないことに対する葛藤

博士は、ヘルシー・カンパニーの考え方を踏まえて、「従業員の健康増進」と「生産性向上」の両方に活用できる次の二つの企業戦略を示しています。

第一の戦略は、ストレス管理や禁煙、高血圧のコントロール、栄養教育、ウエイトコントロール・プログラム等、ウエルネスと予防の機会を提供して、従業員の疾病に対する抵抗力を高めることです。

第二の戦略は、人的資源政策およびプログラムを通じて、健康増進と生産性向上につながる労働環境を作り上げることです。

ヘルシー・カンパニーと健康経営とは次の点で大きく異なっています。

日本では労働安全衛生法第3条第1項において、「事業者は、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて労働者の安全と健康を確保しなければならない」と経営者の責務が規定されています。その責務を履行する中心は、企業と健康保険組合の産業保健スタッフの活動です。

これらを踏まえて、特定非営利活動法人健康経営研究会では、健康経営を次のように考えています。

『健康経営とは、「企業が従業員の健康に配慮することによって、経営面においても 大きな成果が期待できる」との基盤に立って、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践することを意味しています。従業員の健康管理・健康づくりの推進は、単に医療費という経費の節減のみならず、生産性の向上、従業員の創造性の向上、企業イメージの向上等の効果が得られ、かつ、企業におけるリスクマネジメントとしても重要です。 従業員の健康管理者は経営者であり、その指導力の元、健康管理を組織戦略に則って展開することがこれからの企業経営にとってますます重要になっていくものと考えられます』(図表4)

 

(図表4)健康経営概要

出所:特定非営利法人健康経営研究会 http://kenkokeiei.jp/whats(2017年8月6日アクセス可能)

また、中小企業の健康経営への必要性を検討した日本政策金融公庫総合研究所「中小企業の健康経営」では、健康経営の基本的な考え方を以下のようにまとめています。(図表5)

(図表5)健康経営の考え方(日本政策金融公庫総合研究所)

○「健康」は、「身体の健康」ではなく、「身体と精神の健康」である
○従業員の健康管理を、「コスト」ではなく、「投資」として捉える
○従業員の健康管理に対して、「個人任せ」ではなく、「企業として」取り組む
○従業員の健康増進を、企業の「経営課題」として捉え、戦略的かつ積極的に推進する
○従業員の健康増進によって、「生産性の向上」等を目指し、「企業の成長」を追及する
○労働安全衛生法に定められた健康管理の水準を満たすことは大前提として、それをより効果的なものにすると同時に、個々の企業の状況に応じたプラスアルファの取り組みを実施する

 

(2)労働諸法令による労働衛生管理

日本では、労働基準法、労働安全衛生法、労働契約法等の労働諸法令で、企業に対し労働衛生管理を義務づけています。労働衛生の目的について、ILO(国際労働機関)とWHO(世界保健機関)の合同委員会では、「あらゆる職業に従事する人々の肉体的、精神的及び社会的福祉を最高度に増進し、かつこれを維持させること。作業条件に基づく疾病を予防すること。健康に不利な諸条件から雇用労働者を保護すること。作業者の生理的、心理的特性に適応する作業環境にその作業者を配置すること。要約すれば、人間に対し仕事を適応させ、各人をして各自の仕事に対し、適応させるようにすること」としています。

過労死等で企業の責任を問う際の「安全配慮義務」とは、労働契約法第5条(労働者の安全への配慮)で定められています。条文には「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と掲げられています。

労働安全衛生法の第1条(目的)には、「この法律は、労働基準法と相まって、労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的とする」とされています。

労働衛生管理の基本は、「作業環境管理」、「作業管理」及び「健康管理」の3管理です。これに、産業医や衛生管理者等の労働衛生専門スタッフが、有機的かつ統合的に実施される「総括管理」と「労働衛生教育」との5管理で総合的に推進します。

健康経営は、これら労働諸法令を遵守するため、新たに経営の視点から従業員の健康問題をとらえ、企業の経営管理と従業員の健康管理を両立させる多角的な視点をもって、健康問題を解決していく高い視座をもつものです。

さらに、健康経営は、経営者の視点のみならず、従業員からの視点も考慮した双方向性の健康管理を提唱し、企業の発展と従業員、経営者の健康の両立を目指しています。

 

(3)経営の視点から人的資源に投資する

健康経営では、「働く人の健康が企業を伸ばす」という観点から、労働者の健康づくりを重要な一つの事業として投資をし、コンプライアンスとリスクマネジメントを踏まえて戦略的に実践するべきと考えます。

この健康とは、WHO(世界保健機関)の定義する「単に病気でない、虚弱でないというのみならず、身体的、精神的そして社会的に完全に良好な状態」を指します。

快適で安全な職場をつくり、仕事がきちんと評価され、従業員が成長できる制度がなければ、生産性は上がりません。エルトン・メイヨーやフリッツ・レスリスバーガーなどの研究グループが、ウエスタン・エレクトリック社のホーソン工場で行った報告から提示されたように、労働者の生産性に影響を与えているのは、従業員のやる気や職場のインフォーマルな人間関係です。

経営者は、従業員一人ひとりが元気でやる気を出して働くことができるように、労働環境を整備するための投資をする必要があります。労働環境が整備されていなければ、疲弊した職場に疲弊した労働者が蔓延し、営業・生産活動を停滞させ、生産性を低下させていきます。

投資の対象は、人と人との「間」(人間関係)、時と時との「間」(労働時間)、職場環境(空間)の3つの「間」です。職場には働く人自身の力だけではどうすることもできない健康障害要因、ストレス要因が存在しています。この3つの「間」に投資を行うことで、働く人が健康になり、企業も健康になって労働生産性が向上していくことにつながります。

 

(4)人間への投資

人と人との「間」への投資とは、コミュニケーション能力の育成を図ることです。特に、管理監督者に対する部下の健康管理全般についての教育はきわめて重要です。

米国ギャラップ社が世界各国の企業を対象に実施した従業員のエンゲージメント(仕事への熱意度)調査によると、日本には「熱意あふれる社員」の割合が6%しかいないことがわかりました。米国の32%とくらべて大幅に低く、調査した139カ国中132位と最下位クラスでした。企業内に諸問題を生む「不満をまき散らしている無気力な社員」の割合が24%、「やる気のない社員」は70%に達していました。

同社のジム・クリントン会長兼最高経営責任者(CEO)は、「主な原因は上司にある」とし、「部下の強みが何かを上司が理解して、強みを伸ばし熱意ある社員を増やせば業績向上につながることは証明されている」と米国の企業の成功例を挙げました。

精神産業医の梅田忠敬氏は、組織の生産性を挙げるには、互いに認め合う「個性」の尊重と「他者・環境」への理解のバランスを保つことが必要と指摘しています。

従業員の強みを企業と上司と社員の三者で共有するための対応策として、組織開発の考え方が有効です。企業は、組織構造や賃金・評価制度等の人事制度見直しを行い、管理監督者は労務管理能力を高め、従業員は、自分の強みを確認するキャリアコンサルティングを受けることが望まれます。

 

(5)時間への投資

次に、時と時との「間」(労働時間)への投資とは、ワークライフバランスの推進です。長時間労働の抑制(能力に応じた業務量の適性配分)、多様な働き方(在宅、シェアリング、フレックス)等を導入し、心と身体に余裕を持たせます。

厚生労働省の平成25年若年者雇用実態調査によると、初めて勤務した会社をやめた主な理由は、「労働時間・休日・休暇の条件が良くなかった」が22.2%、「人間関係がよくなかった」が19.6%、「仕事が自分に合わない」が18.8%、「賃金の条件がよくなかった」が18.0%の順となっています。

体力のある若年者でも「労働時間・休日・休暇の条件が良くなかった」が不満のトップなのですから、加齢とともに体力が衰えれば、「退職はしないけれどもやる気を出さずに手を抜く」従業員が増えていくのではないでしょうか。

また、仕事熱心で長時間労働をいとわない従業員を評価することは、業務に起因する健康障害(脳・心臓疾患、メンタルへルス不調)を発生させます。労働災害として、事業主の責任である安全配慮義務違反に問われれば、企業は高額な損害賠償の支払いだけでなく、社内に残った従業員の心と身体の負荷が大きくなり、大幅に能率が下がります。さらに自殺者が出た場合は、関係する多くの従業員の心を深く傷つけ、精神的に追い込み、二次被害・三次被害が発生します。

日本の長時間労働は、企業の規模にかかわらず、正当な対価が支払われていない場合が多く、労基法違反で刑事的責任を問われるだけでなく、会計上では見えない負債である未払い賃金の請求が企業の利益を大きく圧迫し、その存続を危ぶませるというリスクも認識しておく必要があります。

一度「ブラック企業」とレッテルを張られたならば、そのマイナスイメージを払拭するためには長い時間と大きなコストがかかります。今こそ健康経営に取り組み、長時間労働を防止する投資のコストと損害賠償等のコストの比較を経営者が検討する時期にきているのです。

 

(6)空間への投資

三つ目の「間」である職場環境(空間)とは、快適な職場環境の調整です。気積、気温、湿度、CO₂、CO、粉塵量、照度等の調整だけでなく、コミュニケーションを活性化させる人と人をつなぐ場「間」が必要なのです。企業を発展させるためには、創造力を高めることが重要であり、そのためには従業員同士が情報交換できる「間」の連結が必要なのです。

労働安全衛生規則第613条は、「事業者は、労働者が有効に利用することができる休憩の設備を設けるように努めなければならない」と規定しています。

1日24時間のうちの3分の1以上を過ごす職場での働き方は、心と身体に大きな影響を与えています。ずっと立っている仕事は腰痛等になりやすく、ずっと座っている仕事は運動不足になりやすいといえます。また昼食はしっかり、ゆっくり食べられる場所や時間がないと、パンやおにぎりなど単に空腹を満たすだけのものになりがちです。筆者の関与先でも30代の男性社員が忙しさにかまけ、朝食無し、昼も夜もおにぎりかパンで済ませていた結果、栄養失調で緊急入院してしまいました。東京大学政策ビジョン研究センターの古井祐司特任教授は、「職場での働き方が生活習慣をつくる。偏った食習慣は、長く続けていることで、メタボをはじめ高血糖、脂質性代謝異常、高血圧、肝機能障害のリスクが身体に表れる」と指摘しています。

一億総活躍社会を目指す職場環境の整備には、女性、高齢者、障害者などへの配慮も必要になってきています。最近は、法制度が整備され、妊娠しても働き続けることを希望する女性が増えていますが、中小零細企業では休憩時に横になれる場所がなく、産前休暇を待てずにやむなく退職したいという相談もありました。

労働安全衛生規則第618条には、「事業者は、常時五十人以上又は常時女性三十人以上の労働者を使用するときは、労働者が臥床することのできる休養室又は休養所を、男性用と女性用に区別して設けなければならない」と規定してあります。人数にかかわらず休憩室の充実を図れば、すべての従業員が体力・気力を充実させることができ、間違いなく生産性向上につながるものと考えます。

 

 

 

 

3 健康経営の効果とインセンティブ

(1)健康経営の効果

健康経営の導入による効果について、2016年10月に経済産業省近畿経済産業局が中小企業に対して行ったアンケート調査によれば、53.2%の企業が「期待どおりの効果が認められた」と回答しています。その効果の内容のトップは、「社員の満足度の向上」で、74.1%の企業が効果を実感していました。次に、「社員の生産性の向上」が50.0%、3番目は、「事故リスク・訴訟リスクの低減」31.0%、4番目が「優秀な社員の採用・定着」22.4%、5番目が「顧客満足度や取引先からの満足度の向上」20.7%、6番目が「企業ブランドの向上」17.2%となっています。

3つの「間」への投資で、安心安全な職場で働くことにより、従業員の満足度が高まり、その波及効果が「社員の生産性の向上」等の2番目以降の効果を高めていると考えられます。(以下の図表6を参照)

 

(図表6) 健康経営の取り組み実施による効果(n=58、複数回答)

出所:経済産業省近畿経済産業局、「中小企業における健康経営のススメ」 P.4

 

また、健康状況を把握し、健康づくりを推進することで生活習慣病の予防・改善やメンタルヘルス不調の予防・改善ができます。プレゼンティーズム(疾病就業)やアブセンティーズム(病気欠勤)の労働損失が減少し、業務効率が向上します。

疾病予防により医療費や傷病手当金の支払いが抑制されれば、長期的には健康保険料の負担軽減につながり、企業の福利厚生費の上昇を抑えることにつながります。

従業員が健康万全で仕事に取り組めば、体調不良による労災事故や長時間労働者・パワハラなど業務に起因する精神障害の損害賠償訴訟リスクは、低減していきます。

会社への不満が低くなれば、職場でのいじめや情報漏洩、会社の資産を横領する等の不祥事のリスクも低減させることになります。

年々増加している訴訟リスクは民事上だけでなく、会社法でも訴訟を起こされることもあり、企業が支払う賠償リスクは大きなものとなっています。健康経営を導入すれば、労災事故や不祥事、訴訟リスクから企業を守ることができるのです。

さらに、健康経営に取り組むことを宣言することで、企業のブランドイメージがアップし、人材確保や公共事業での入札加点等、新たな取り引きの拡大に加え、低金利での資金調達もできるようになります。

一例として、青森県弘前市の「ひろさき健やか企業」を紹介します。「ひろさき健やか企業」として認定されると、企業名や優れた取り組み事例を市のホームページで紹介するほか、自社の健康づくり活動が市に認定されたことをPRすることができます。加えて、地元金融機関からの借入について、金利が優遇されることや、建設工事の総合評価落札方式による入札で技術評価点が加点されるメリットがあります。

 

(2)健康経営優良法人認定制度の設立

政府は、健康経営等の更なる取り組みを強化するため、経済産業省が主導となり、優良な健康経営を実践している大企業や中小企業等の法人を顕彰する制度として、「健康経営優良法人認定制度」を設立しました。

「健康経営優良法人認定制度」は、大企業だけでなく、中小企業も認定の対象となっています。認定を受けた法人には、金融市場(低金利融資や従業員向け住宅ローンの優遇)や労働市場における優先的マッチング、入札加点等におけるインセンティブが付与されるよう、地域に応じた支援環境を整備していくとしています。

認定制度は、「中小規模法人部門」と「大規模法人部門」の二つに分かれ、2017年度の認定では、中小規模法人部門で95法人、大規模法人部門で235法人が認定されました。

中小規模法人部門と連動したサポート施策では、健康宣言に取り組む法人に対し、金融市場、労働市場、公共調達における入札評価の加点等のインセンティブが付与されています。

本制度における「大規模法人部門」と「中小規模法人部門」の定義は以下のとおりです。

 

(図表7)

  中小規模法人部門 大規模法人部門
 
製造業その他 300人以下 301人以上
卸売業 100人以下 101人以上
小売業 50人以下 51人以上
医療法人・サービス業 100人以下 101人以上

 

健康経営優良法人の認定を受けるためには、以下のステップが必要です。

中小規模部門では、健康経営宣言を行い、申請資格を得ます。次に、自社の取り組み状況を確認し、基準の適合状況を自主確認します。最後に、申請書に適合状況を記載し、提出します。審査を経て、日本健康会議健康経営優良法人認定委員会により認定されます。

大規模法人部門では、経済産業省から送付される「健康経営度調査結果サマリー」に同封される申請様式に、必要事項を記載し、主たる保険者に提出します。次に、基準の適合状況の判定を受け取り、申請資格を得ます。最後に、主たる保険者との連名で申請をします。審査を経て、日本健康会議健康経営優良法人認定委員会により認定されます。

健康経営優良法人の評価項目は、経済産業省と東京証券取引所が共同で選定する「健康経営銘柄」で用いている評価のフレームワークをもとに設定されています。

「中小規模法人部門」及び「大規模法人部門」の基準は、それぞれ以下のとおりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○中小企業における認定基準は、大規模法人部門と同じく、健康経営銘柄の評価の視点をベースとしつつ、全国各地の健康宣言事業など類似制度を参考として設定

(図表8)健康経営優良法人(中小規模法人部門)の認定基準

大項目 中項目 小項目 評価項目 認定要件
1.経営理念(経営者の自覚) 健康宣言の社内外への発言及び経営者自身の健診受診 必須
2.組織体制 健康づくり担当者の設置 必須
3.制度・施策実行 従業員の健康課題の把握と必要な対策の検討 健康課題の把握 ①定期健診受診率(実質100%) 左記①~④のうち2項目以上
②受診勧奨の取り組み
③ストレスチェックの実施
対策の検討 ④健康増進・過重労働防止に向けた具体的目標(計画)
健康経営の実施に向けた基礎的な土台づくりとワークエンゲイジメント ヘルスリテラシーの向上 ⑤管理職又は一般社員に対する教育機会の設定 左記⑤~⑦のうち少なくとも1項目
ワークライフバランス

(過重労働の防止)

⑥適切な働き方実現に向けた取り組み
職場の活性化

(メンタルヘルス不調の防止)

⑦コミュニケーションの促進に向けた取り組み
従業員の心と身体の健康づくりに向けた具体的対策 保健指導 ⑧保健指導の実施又は特定保健指導実施機会の提供 左記⑧~⑭のうち3項目以上
 健康増進・

生活習慣病

予防対策

⑨食生活の改善に向けた取り組み
⑩運動機会の増進に向けた取り組み
⑪受動喫煙対策
感染症予防対策 ⑫従業員の感染症予防に向けた取り組み
過重労働対策 ⑬長時間労働者への対応に関する取り組み
メンタルヘルス対策 ⑭不調者への対応に関する取り組み
4.評価・改善 保険者との連携 (求めに応じて)40歳以上の従業員の健診データの提供 必須
5.法令遵守・リスクマネジメント 従業員の健康管理に関連する法令について重大な違反をしていないこと(自主申告) 必須
健康経営銘柄と同様のフレームワークをもとに、以下の認定基準を設定。なお、本認定基準は、健康経営銘柄選定の必須項目としても設定する。

(図表9)健康経営優良法人(大規模法人部門)の認定基準

大項目 中項目 小項目 評価項目 認定要件
1.経営理念(経営者の自覚) 健康宣言の社内外への発信 必須
2.組織体制 健康づくり責任者が役員以上 必須
3.制度・施策実行 従業員の健康課題の把握と必要な対策の検討 健康課題の把握 ①定期健診受診率 左記①~⑭のうち11項目以上
②受診勧奨の取り組み
③ストレスチェックの実施
対策の検討 ④健康増進・過重労働防止に向けた具体的目標(計画)
健康経営の実施に向けた基礎的な土台づくりとワークエンゲイジメント ヘルスリテラシーの向上 ⑤管理職又は一般社員に対する教育機会の設定
ワークライフバランス ⑥適切な働き方実現に向けた取り組み
職場の活性化 ⑦コミュニケーションの促進に向けた取り組み
従業員の心と身体の健康づくりに向けた具体的対策 保健指導 ⑧保健指導の実施及び特定保健指導実施機会の提供
 健康増進・

生活習慣病

予防対策

⑨食生活の改善に向けた取り組み
⑩運動機会の増進に向けた取り組み
⑪受動喫煙対策
感染症予防対策 ⑫従業員の感染症予防に向けた取り組み
過重労働対策 ⑬長時間労働者への対応に関する取り組み
メンタルヘルス対策 ⑭不調者への対応に関する取り組み
取組の質の確保 専門資格者の関与 産業医又は保健師が健康保持・増進の立案・検討に関与 必須
4.評価・改善 取組の効果検証 健康保持・増進を目的とした導入施策への効果検証を実施 必須
保険者との連携 健保等保険者と連携
5.法令遵守・リスクマネジメント 従業員の健康管理に関連する法令について重大な違反をしていないこと(自主申告) 必須

(3)健康経営優良認定企業(中小規模法人部門)の事例

2017年の「健康経営優良法人(中小規模法人部門)」の認定を受けたシー・システム株式会社の取組みとその効果を紹介いたします。

シー・システム株式会社は、大阪府大阪市に本社を置くシステム開発会社です。設立は、昭和58年で従業員は18名(うち女性は1名)、平均年齢は39歳です。

創業以来30年以上、従業員をはじめ、その家族、お客様、地域など、同社に関わる一人ひとりのしあわせを追求していくことを事業の目的としています。

経営理念に掲げる「一つ 一人ひとりのしあわせを追求する、一つ つながりを大切にする、一つ 持続可能な社会を共創する」を常に社長から社員に発信し続ける中で、働きやすい環境や仕事のやりがいなどを充実させる取り組みを行ってきました。

目指しているのは、「人間性豊かなシステムの創造」です。その実現のためには、企業にとって重大な資源である「人財」に対して、積極的に健康投資を行うことで従業員のやる気を引き出し、組織を活性化させる必要があると社長も専務も考えていました。健康経営に取り組むことは自然な流れでした。

取り組みへの考え方の基本は、働きやすい職場づくりです。日頃から従業員間で密なコミュニケーションを取り合い、社内部活動や健康診断など、従業員の心と身体の健康を保つために基本的なことを重点的に行っています。特別なことはしていませんが、健康の保持増進のための基本活動を忠実に実行し続けることを大事にしています。

主な取り組みはワーク・ライフ・バランスの追及です。システム開発会社にありがちな長時間労働はなく、勤務時間はフレックス制度を活用しています。週末は、旅行に行く社員が早めに退社していく姿が見受けられます。

また、コミュニケーション活性化のために、若手社員が中心となり、毎月懇親会を行っています。その際には、社員同士でその月の誕生日の人にプレゼントを贈るようになっています。相手に喜んでもらえるものは何かと考えることが、周りの人への関心を高めることにつながっています。

みんなで創る本棚「会社ライブラリー」の設置も、コミュニケーションの活性化に役立っています。おすすめの本を共有することで、異世代や異性であっても会話が弾んできます。

最大の課題である人材確保に関しては、一人ひとりの能力・経験に合わせた教育体制と適材適所の配置で、定着率を高めています。未経験者には、自社内開発でじっくり養成し、経験者には、スキルが最も活かせるフィールドを提供していきます。この3年間で12名が入社し、退職者はいません。

2017年の健康経営優良法人認定により、求人への問い合わせが大幅に増え、良い人材が採用できるようになりました。取引先や金融機関からも関心が高くなり、会社のブランドイメージが向上してきたことを全社員が実感しています。

 

4)5STEPで始める健康経営

実際に健康経営を始めるには、5つのSTEPを実行していきます。

まずSTEP1は、トップが社内外に本気のメッセージを発信する「健康宣言」を行います。STEP2は、社内で健康づくりの担当者を決め、組織体制を整えます。健康づくりに関する外部人材の活用も検討します。STEP3は、自社の健康課題等を把握します。健康診断の受診率や従業員の心の健康状態を把握するストレスチェックの実施、残業時間、有給の取得状況、食事の時間帯等、職場環境の確認等を行います。STEP4は、STEP3で把握した自社の健康課題から優先順位を決めます。その順位に従って課題解決の方法を検討し、計画を策定します。施策例は、健診受診率100%、喫煙率、有給取得率、朝食欠食ゼロ等でできるだけ数値目標を入れて検討してみます。

施策例としては、次のようなものがあります。

(施策例)

・自販機、社員食堂、分煙など職場環境の見直し

・職場における体操・ストレッチの実施(昼休み・始業前後の時間を活用)

・保健師・管理栄養士などによる生活習慣改善指導

・血圧計・体重計の設置

・歩数計の貸与

・昼休みの歯磨き奨励(歯ブラシの配布)

・ストレスやメンタルヘルスに対する正しい理解の促進

・職場における感染症対策

・ノー残業デー、有給取得促進の仕組み導入

・高齢者のための補助椅子活用

・休憩時間の昼寝の推奨

・食事間インターバル

・勤務間インターバル

最後のSTEP5は、生活習慣・健康状況の改善、参加者の満足度、仕事のモチベーションアップなど健康づくりによる反応・効果を確認し、次の改善策を検討します。現状把握、施策の実施、取り組みの振り返り、取り組みの改善というPDCAを回していくのです。上手く回すコツは、小さなPDCAから始めて成果と改善を積み重ねていくことです。

(図表10)5STEP

(5)効果的な推進方法

健康経営を効果的に推進させるためには次の三点が重要です。

第1は、コストパフォーマンスを考えて、戦略的に投資することです。職場の健康づくりは、長期的、継続的な取り組みが大切です。お金をかけてもすぐに成果が得られるとは限りませんし、投資額が高くなるほど効果が上がるわけでもありません。健康経営は、必ずしも大きな資金を必要としません。大企業、中小企業など規模を問わず、どの企業が取り組んでも成功します。

ポイントは何を実施したかではなく、従業員がその効果を実感しているかどうかです。無駄な投資にしないためには、従業員を巻き込んで双方向で評価することが必要です。

第2は、健康経営を推進する経営者、管理職、従業員、産業保健スタッフがそれぞれの立ち位置でその役割を果たすことです。特に、経営者の言動が労働者の健康に大きな影響を及ぼすことは明らかにされています。費用対効果がすぐに出ない、管理部門のコストがかかる、管理職の評価につながらないという類の投資は、経営者が判断しなければ現場から提案されることはありません。健康経営の推進には、経営者の積極的関与が不可欠なのです。

第3は、外部人材の有効活用です。健康経営推進において戦略に基づいて実践活動を行うのは、産業医をはじめとする保健師・看護師・衛生管理者等の産業保健スタッフです。厚生労働省の2012年度労働健康状況調査によるとメンタルヘルスケアの専門スタッフの配置については、「産業医」が67.4%が最も多く、次いで「衛生管理者・衛生推進選任者等」の46.0%となっています。事業所内の保健師・看護師は、18.2%、カウンセラー等は15.8%しか配置されていません。専門スタッフがいない割合は、全体で38.2%もあるのです。事業所の規模が小さくなるほど専門スタッフがいない割合が大きくなり、衛生管理者の選任義務のない50人未満の事業所規模では、専門スタッフがいない割合は39.9%となっています。そうした場合、全国健康保険協会の各支部や健康保険組合・地域産業保健センターなどの外部専門スタッフの活用が有効です。

専門スタッフへの外部委託で、人事総務担当者は仕事に専念でき、余裕が生まれます。また、従業員は専門家の豊富な経験からしっかり対応してもらうことができます。さらに、外部人材という立ち位置から中立性、守秘義務遵守の安心感が高くなり、相談しやすくなります。

また、東京商工会議所が新たに設置した健康経営アドバイザー制度の活用も有益です。この制度は、健康経営に取り組みたい企業に対し、中小企業診断士、社会保険労務士、保健師等の専門家(健康経営アドバイザー)を派遣し、健康経営診断、事業立案、体制整備、健康づくり施策等の実践支援を行うものです。

外部人材を活用しても、あくまでも主体は企業や組織です。健康経営を推進する目的を忘れず、外部人材をうまく活用していくことが大切です。

 

(6)健康経営とCSR

健康経営を実践する際に重要なことは、労働基準法、労働契約法、労働安全衛生法、その他労働諸法令の遵守がされているかを改めて確認することです。

近年、労働諸法令の規制は強化される傾向にあり、頻繁に改正されています。法令が遵守されていなければ、従業員満足の高い施策を実施しても従業員のモチベーションを上げることはできません。法令違反等が公にならなくても、従業員の心の中の不満が社内の雰囲気を悪くし、健康経営の効果を帳消しにしてしまいます。

まずは、健康経営において特に重要な法令を確認していきましょう。

核となる法令は、労働基準法と労働契約法、そして労働安全衛生法です。労働基準法は、賃金、労働時間などの労働条件の最低基準及び罰則を定めています。労働契約法は、労働者への安全配慮を定めています。労働安全衛生法は、労働者の健康と安全を確保し、推進するための体制と義務を定めています。

労働基準法の確認ポイントは、法定労働時間(第32条)、休日(第35条)、時間外労働及び休日の労働(第36条)、年次有給休暇の付与(第39条)です。(図表11)

(図表11)

法定労働時間

(労基法第32条)

使用者は、原則として1日に8時間、1週間に40時間(特例対象事業の場合44時間)を超えて労働させてはならない(変形労働時間制を除く)
休日

(同法第35条)

使用者は、毎週少なくとも1日の休日か、4週間を通じて4日以上の休日を与えなければならない
時間外労働及び休日労働

(同法第36条)

時間外または休日労働をさせる場合には、労働者の過半数で組織する労働組合か労働者の過半数を代表する者と労使協定を締結し、事前に所轄の労働基準監督署長に届け出なければならない
年次有給休暇の付与(同法第39条) 雇入れの日から6カ月間継続勤務し、全所定労働日の8割以上出勤した労働者に対して最低10日を与えなければならない

労働契約法は、第5条で「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と使用者の労働者に対する安全配慮義務(健康配慮義務)を明文化しています。

健康とは「身体」だけでなく、「心」も含まれます。危険作業や特定化学物質・有機溶剤等の有害物質への対策だけでなく、メンタルヘルス対策も使用者の安全配慮義務の対象です。労基法と労働安全衛生法には、罰則がありますが、労働契約法にはありません。しかし、裁判では、安全配慮義務違反として、民法第709条(不法行為責任)、民法第715条(使用者責任)、民法第415条(債務不履行)等を根拠に、使用者に多額の損害賠償を命じる判例が出されています。

労働安全衛生法は、事業者の健康管理責任と健康配慮義務について、次のように定めています。(図表12)

(図表12)

目的

(安衛法1条)

労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)と相まつて、労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的とする
事業者の責務

(同法3条)

 

事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない

労働安全衛生法では、2015年12月1日から従業員50名以上の事業場におけるストレスチェックが義務付けられました。精神障害の労災認定件数が3年連続で過去最高を更新していることを受けて、メンタルヘルス不調を未然に防止する一次予防を講じることでメンタル不調者の発生を防ぎ、より働きやすく健康的な職場へと改善することを目的としています。

健康経営は、これまで法令に基づき実施してきた健康診断や安全衛生の施策と切り離して考えるのではなく、その延長線上にあるものです。

労働分野において、企業が取り組むべき課題は、労働時間管理や労働安全衛生等の法令遵守だけではありません。ワーク・ライフ・バランスや非正規従業員の均衡処遇、高齢者・障害者雇用、能力開発など多岐にわたっています。これらの課題については、最低基準は強制力のある法的義務が課されていますが、最低基準を上回る部分については努力義務とされています。

企業間競争が激しくなる中、従業員等を含めた重要なステークホルダーへの十分な配慮に取り組むCSR(社会的責任:Corporate Social Responsibility)の考え方は、企業が持続可能性を保持していく上で重要性が高まっています。労働CSRとは、法令遵守に加え、ワーク・ライフ・バランス、ダイバーシティ、快適職場の形成等に取り組むことです。法令遵守、CSR、健康経営の関係は図表13のとおりです。今後は、CSRと健康経営が相乗効果を発揮して、日本の経営をより良い方向へ変化させるものと考えています。

 

図表13

ポジティブ

出所:東京商工会議所 健康経営アドバイザー初級テキスト2017.P.84

4 ストレスチェックから健康経営への展開

健康経営とは、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することです。

そのためには、課題をしっかりと把握し、分析する必要があります。その把握した課題から優先順位をつけ、実行施策を決定し、実行、評価というPDCAを回しながら、改善を重ねていきます。

課題把握のポイントは、数値化です。健康課題の数値は、健康診断の受診率、健診結果データ、喫煙率、勤務時間(残業時間)、有給取得率、離職率、食事の時間帯等があります。これらの数字に心の健康状態を把握するストレスチェックの結果を連動させれば、課題がより鮮明になります。

ストレスチェック制度の基本的な考え方について、厚生労働省の指針では、次の4つを示しています。

1つ目は、本人自らのストレスの状況について気付きを促し、個々の労働者のストレスを低減させることです。

2つ目は、検査結果を集団ごとに集計・分析し、職場におけるストレス要因を評価し、職場環境の改善につなげることで、ストレスの要因そのものを低減するよう努めることを事業者に求めるものです。

3つ目は、ストレスの高い者を早期に発見し、医師による面接指導につなげることで、労働者のメンタルヘルス不調を未然に防止することです。

4つ目は、従業員のストレス状況の改善及び働きやすい職場の実現を通じて生産性の向上にもつながるものであることに留意し、事業経営の一環として、積極的に本制度の活用を進めていくことです。

セルフチェックと自己の勤務時間(残業時間)を連動させるだけで、なかなか気づきにくい心身の不調も把握しやすくなります。さらに、健康診断のデータから保健指導を受けることができれば対処策の選択肢も増え、メンタルヘルス不調にも成人病の予防にもつながります。自らの健康を自ら管理する自己保健義務が達成しやすくなるのです。

また、集団分析の結果をもとに全員で問題を共有し、改善に取り組むことで生産性向上につながります。ストレスの原因が集団単位で浮かび上がれば、人材育成の方向性もはっきりしてきます。教育訓練費用を効果的に活用できるようになるのです。

ストレスチェック制度は、法令遵守のためにだけ実施するのではなく、メンタルヘルス対策や長時間労働是正、人材育成等の職場の課題発見にも活用することができる効果的なツールと認識して積極的に活用を考えましょう。

2016年12月26日に、厚生労働省の長時間労働削減推進本部は、「過労死等ゼロ」緊急対策を公表しました。主な内容は、違法な長時間労働を許さない取り組みの強化とメンタルヘルス・パワハラ防止の対策のための取り組み強化です。「過労死等ゼロ」を実現するために、その原因となる長時間労働とハラスメント等への対策が求められているのです。

ストレスチェック制度は、個人のメンタルヘルス対策だけでなく、長時間労働の是正や職場の課題発見に活用することができます。「企業の発展と従業員、経営者の健康の両立」を目指す健康経営への取り組みは、ストレスチェック導入から始めることができるのです。

戦略的にストレスチェックを活用し、健康経営を実践して快適職場をつくりましょう。

 

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・東京商工会議所.健康経営アドバイザー初級テキスト2017.83-84、90-91